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名古屋地方裁判所 昭和31年(ワ)1498号 判決 1959年9月30日

原告 岩間鉎蔵

右訴訟代理人弁護士 田中一郎

被告 都築証券株式会社

右代表者代表取締役 都築丈太郎

被告 岡地証券株式会社

右代表者代表取締役 岡地貞一

右被告両名訴訟代理人弁護士 飯田猛

主文

原告に対し被告都築証券株式会社は金三一一、八五〇円、被告岡地証券株式会社は金一九〇、四一〇円及びこれらに対する昭和三一年九月二三日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二は被告都築証券株式会社のその一は被告岡地証券株式会社の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分につき被告都築証券に対し金七万円、被告岡地証券株式会社に対し金三万円の各担保を供託するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「原告に対し被告都築証券株式会社は金三二七、〇〇〇円被告岡地証券株式会社は金二四七、六四三円及びこれらに対する本訴状送達の翌日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、被告都築証券株式会社(以下単に都築証券と略称する。)は大蔵省の認可をうけた証券業者であり、被告岡地証券株式会社(以下単に岡地証券と略称する。)は名古屋証券取引所の会員であつて同様証券業者である。

二、原告は別紙第一、二目録記載の各株券を所有するものであるが、昭和三一年二月八日午前一一時頃家族全員留守した際肩書住所地自宅奥六帖の間所在洋服箪笥にこれらを保管中窃取されその占有を喪つた。

三、被告都築証券は、昭和三一年三月二日及び同月五日の両度に亘り別紙第一目録記載各株券を適法の所持人でない訴外山田利男より買うけて右株券を取得し、被告岡地証券岡崎営業所は同年三月三日及び同月七日の両度に亘り別紙第二目録記載各株券を同じく訴外山田利男より買いうけ取得し、両被告はともに同年三月十日迄の間に他に転売して右株券全部の返還を不能ならしめて原告に損害を与えた。

四、これより先原告は右各株券が窃取されるや直ちに訴外松彦証券株式会社を通じ名古屋証券業協会に対し盗難にかかつた旨届出をなし、同協会は昭和三一年二月九日右各株券全部が盗難株であるとの通知を被告両名に対してなしていたから、被告が本件株券を買うけるにあたり今少しく注意したら盗難株であるあることは容易に知りえたにかかわらず漫然これを買うけたのは重大な過失ありと謂わねばならぬ。

更に被告両名にとつて右山田利男は初対面の未知の顧客であるから、このような者から株券を買うけるにあたつては証券業者としては面識ある人の紹介による等特別の注意義務があるのにかかる措置を採らず、右山田より漫然本件盗難株券を買うけた被告両名は業者としての過失を責むべきである。

かつ、本件各株券は正村好子なる女名義の株券があるのにもかかわらずその弟であるとの右山田利男の言を信じ、かつ同人が持参した印鑑が認印で真新しいものであり、本件各株券に押捺の印影とは相異しているのに、その点につき不審の念を抱かず被告両名が容易にこれが買受けをなしたのは過失である。このような場合には所在地会社の株券については電話等を以て当該会社に問合せる等の措置を講ずべきであるのに漫然右山田を真実処分権あるものと信じてこれが買受けをなしたからである。

五、仮りに被告両名が右山田の注文に応じて証券取引所を通じ委託売却したものとしても、証券業者として被告両名は右四に主張の如き注意義務を尽さなかつたことは業者として重大な過失である。≪以下事実省略≫

理由

原告主張一の事実は当事者間争いなく、同二の事実は成立に争ない甲第一、同第一六号証、証人井川清之、同山田利男、原告本人岩間鉎蔵の各供述により認めることができる。

そこで被告等が別紙第一、二目録記載の本件株券について取引をなした経緯について考えてみると、成立に争いない乙第一号

証≪中略≫を綜合すると次の各事実を認めることがである。

一、訴外山田利男は別紙第一、二目録記載株券の盗犯である石田秋雄からその処分方依頼された落合富士雄から更にその処分を依頼され、昭和三一年三月一日、安城市北明治字小入道に居住する正村鉎蔵と称し、被告都築証券方店舗に来り、正村好子名義の中部電力株券と正村なる印鑑を持参して、これを示し姉に頼まれて処分したいが売つてくれるかと注文したところ、同被告方都築一郎はその日は取引相場が立つたあとで明日来ればよいと返事したところ、右山田は一旦帰り、翌二日再来店し、右中部電力株券の売方注文をなした。そこで右都築は右正村鉎蔵と称する顧客は初対面であつたがその態度に格別不審の点がないところから同人を正村好子の弟と信じ、これが注文に応じ持参の株券に持参の印鑑を押捺して裏書記載を完成の上右中部電力株券一九〇株について取引をなし、うち一〇〇株は店頭で仕切売買し、九〇株は取引所を通じ委託売却し、求められるまま即時店舗において委託手数料を差引いた上当日の取引所出来高により代金及び立替代金として金一二九、九五二円を支払い、買受けにかかる株券はその後直ちに取引所を通じ処分した。右山田は更にその翌々日たる三月五日、被告都築証券方店舗に来り、前同様正村好子名義の中部電力六〇株、日産化学四〇〇株、新三菱重工二〇〇株、住友金属工業二〇〇株、日立造船二〇〇株、日本石油四〇〇株について委託売却方注文をなしたので前日同様都築一郎はその注文に応じ、当日の取引所出来高により即時代金一六〇、二九五円を立替支払つたが、右諸株券のうち日産化学一〇〇株、日本石油四〇〇株については店頭で仕切売買したものであつて其の後直ちに取引所を通じ処分した。

而して以上の株券は別紙第一目録記載の全株券に該当するものである。

二、右山田利男は昭和三一年三月三日被告岡地証券岡崎出張所に来り、安城市明治字小入道一の三五に居住する岩間鉎蔵であり、株券の所有者であると称し、別紙第二目録記載岩間千代子名義の松坂屋四〇〇株、岩間なを名義の豊田自動車二〇〇株、岩間鉎蔵名義の民成紡二五〇株、同日本郵船二〇〇株と岩間なる印鑑を持参し売却したいとの申込をなしたが応待に出た店員大嶽尚矢は当日は土曜日であつて相場が終つたから五日に来るように告げると、同人は株券は預けるから今日中に三万円程欲しいと要求したので、右大嶽は別段不審の点を止めず右各株券を預り、金三万円を立替前払し、かつ預証を手交したのであるが、同人は五日に再び来て代金の支払を求めたので、当日の出来高で所定手数料及び右三万円を差引いた残金九一、〇一六円を支払い取引所を通じ全部委託売却した。更に翌々日三月七日、右山田は前同様岩間と称し、近所に住む姉に株券処分を頼まれたから売却したいと右出張所に来店し、正村好子名義の中部電力株一〇四株(別紙第二目録記載のとおり)及び正村の印章を持参したので別段態度に不審の点もないので右大嶽尚矢は注文に応じ、求められるまま即日代金七一、六一一円を支払つたが、右株券中一〇〇株券一枚あり名義書換するためには一〇株券に分割する必要から一旦被告会社で仕切ることとし、後日右大嶽名義に書換をなし、分割の上取引所を通じ他に処分した。

三、一方原告は本件株券の盗難を発見するや、直ちに訴外松彦証券株式会社を通じ名古屋証券業協会に対し盗難の旨届出、昭和三一年二月九日付で同協会は被告両名を含む愛知県下の全証券業者に盗難通知を発し、そのころ被告両名は右通知をうけとつていたから、被告両名において右通知を調査しようと思えば容易に調査しうる状況にあつたこと、又更に前記山田利男なる株券持参人は或は正村或は岩間と称し、別段風体その他において被告両名において主観的に不審の点をとどめなかつたが右山田は被告両名にとつて全く未知の顧客であり、持参した印鑑が作製して間がなく真新しいものであつたことは被告等においてもこれを感知していたこと、被告等は取引に際し、右山田が求めるまま即金で株券代金を全部又は一部立替支払つていること、右山田が持参した株券の名義人が民成紡二五〇株、日本郵船二〇〇株が岩間鉎蔵名義である他は残余の株券は全部名義人が持参人の呼称と一致を欠くのにかかわらず、自己が所有者であるとか、名義人から依頼されたという言葉のみを信じ真実これが処分権能ありや否やについて全然調査しなかつた。

そこで右各認定事実によれば、右山田が真実の処分権能があることについて極めて疑わしい状態の下に漫然と被告等両名は本件取引をなしたということができる。前顕証人中には右認定に反する供述部分があるが信用できない。

さて、株式等の有価証券の売買仲買を業とする証券業者としては、株券を持参し取引の申込をする顧客がある場合は、証券上その形式的資格の有無のみを調査し、取引すれば充分であり、顧客の実質的資格の有無についてまでこれを調査する義務はない。しかしこのことはその顧客に信頼関係があれば格別未だ信頼関係のない未知の顧客であつて而も取引当時の客観的な状勢の下において、その実質的資格の有無について疑わしい場合にもなお形式的資格を具備することの故にのみ、ただ漫然と取引に応ずべきであろうか。昭和二五年法律第一六七号による商法の一部改正法が施行され、株式の自由譲渡が確立され、株券の善意取得者は厚く保護されることによりその流通の安全は全く保障されるに至つたのは、被告等の主張するとおりであるが、反面、その意に因らないで株券の占有を喪つた真実の権利者は著しく害されるに至つたことは当然であり、この場合取得者に悪意又は重大な過失がある場合にはなお救われる余地があるにしても、一般に株券が証券業者の手を介して一旦流通におかれた場合には殆んどこれが回復を求めることは不可能に近いことも当然予測しうるところであり、而も株券としての一の財産の安全を望む心理は今尚我国一般社会において相当根強いものがあることを考えるときは盗難紛失等の事故株による事故の発生を防止するについても可能な範囲で万全の措置を採るべきである。そしてそのためには、流通証券の殆んどが証券業者の手を通し取引される我国取引業界の現状において、この点についての必要な措置をとることを証券業者に期待するのが最も妥当、かつ勁捷でありその他には適当な途がない。従つて証券業者は顧客の実質的資格の有無について疑わしい場合にはよろしく慎重な態度をとり充分調査して確信のない限りは取引を中止し未然に事故の発生を防止すべきである。このことは証人吉橋丈太郎、同宇津一、同福田一夫の各供述によれば訴外松彦証券株式会社、同日興証券株式会社等においては、顧客の実質的資格について客観的に疑わしいときはもとより、特に未知の顧客に対しては特に慎重な態度をとり、名古屋証券業協会からの事故株通知を調査するとか、顧客についてもその身許を確認するため紹介状を求めるとか、住所地に問合せるとかその他所在地の当該株式発行会社に電話等で問合せる等種々調査するほか、原則として店頭売買をせず、取引に応じても現金の受渡しは取引後四日後に清算するとか小切手払等にしてその間調査する等しており、かつこのような取扱はその他の証券業者においても慣行的に採られている通常の方法であつて、昭和二五年の商法の一部改正法施行後でもその取扱方に別段の差異がない事実を認めることができるのであるから、これらの調査方法を採ることを証券業者に期待しても別段不可能を強いるものでもないし、この様に慎重な態度を採るからと謂つて格別取引の遅延を招くことはない。

かようにみてくると、前段認定の各事情の下に被告等のなした本件各取引は通常の証券業者としては異例の取引というべく、本件各株券の占有者たる訴外山田利男の実質的権利の有無について当然これを疑うべくして疑わず全然その調査をなさなかつた点で、証券業者としての重大な過失があつたということができる。被告両名は右過失ないことを種々主張するが、これらの主張は信頼関係ある顧客についてなされる取引の場合に妥当するとしても前段認定のとおり信頼関係ない山田利男との本件取引には妥当しない主張であると考えるので全部理由がない。

かくて被告両名は本件取引をなし本件各株券を他に転々させたことにより昭和三一年三月一〇日頃には本件株券全部を返還不能にしたことは本件取引に関し先に認定した各事実から明らかであるから、被告両名は右日時当時における本件各株券の時価相当額の損害を賠償する義務がある。而して右日時における株式時価相当額は別紙第一、二目録に記載のとおりの価額であることは原告本人岩間鉎蔵の供述によりこれを認めることができる。

かくて、原告に対し被告都築証券株式会社は別紙第一目録記載各株券の価額合計金三一一、八五〇円、被告岡地証券株式会社は同第二目録記載各株券の価額合計金一九〇、四一〇円及びこれらに対する本訴状の被告等送達の翌日であること記録上明らかな昭和三一年九月二三日以降右各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務あること明らかである。原告は右金員の他本件各株式喪失の配当金請求権及び増資による新株引受権を喪つたことによる損害賠償をも求めているが、右各権利の発生が本件各株式を喪失した当時既に確定しているか、又は確定的に予測しえた場合は格別その然らざる場合は特別の事情に因る損害の発生として被告等両名において本件各取引の際右損害の発生を当然予測していたことが明らかであることを要するところ、原告はこれらの点については全然主張も立証もなさないのでその主張を認めるわけにゆかない。

かようにみてくると原告の被告両名に対する本訴請求は右認定の範囲で理由があるので正当として一部認容することにし、訴訟費用について民事訴訟法第九二条、第九三条を仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義光)

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